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過去の私達

小さい頃はいじめられっ子だった。
弱かったし我が儘だったし、仕方なかったとも思う。
幼稚園の時よく仲間外れにされた。みんなの注目を集めたくて必死に自分の自慢話をしたら、「自慢する子は嫌われるんやで」と冷たくあしらわれた。
涙をこらえるので精一杯だった。

「席を立ってはいけない」と言われていたトイレ休憩の時間、クラスメイトの男の子にハンカチを取られ、取り返そうとして席を立ったら先生に見つかってひどく怒られたこと、
音楽会の練習でシンセサイザーが全く弾けなくて「どうして弾けないの」と叱られて泣いたこと、
他にも沢山、今でもよく覚えている。

私は弱かった。

幼稚園の次は小学校。
入学直後からいじめに遭い、2年生の時には登校拒否を起こした。
母親が途中まで送ってくれたり学校まで自転車で連れて行ってくれたりして何とか通える日もあったけれど、頭痛や腹痛がしてどうしても学校に行けなかった。
仲良くしてくれる友達はいても周囲に馴染むことが出来ず、「やられてもやり返すな」と教えられてきた、くそ真面目で馬鹿な私はどうすればいいのか全くわからなかった。
いつもみんなから遅れて歩いていた。

買ってもらったばかりの大事な色鉛筆をクラスの子に貸したら何ヶ月も返してもらえなかったこと。
帰り道男の子に転ばされて膝にすり傷を作ったこと。
文化祭、一緒に出し物を見て回る友達がいなくて一人ぼっちで遊んだこと。景品のメダルをもらっても誰にも言えなかった。
「仲よし運動会」一人でお弁当を食べていたらお弁当箱を引っくり返して食べられなくなってしまったこと。
校庭のうんていで一人で遊んでいたらクラスの女の子に後ろから突き飛ばされて転んで、その子がどれだけ私のことが嫌いかを実感したこと。
忘れない。
だけど首を絞められて泣いて帰ったことや、登校拒否になったきっかけの出来事だけは全く思い出せない。

2年生のある日。
一緒にいたみんなが私を置いて行ってしまった帰り道。
あいつらに仕返ししてやると本気で思った。
出来もしないくせに。でもこれが、覚えている中では私が初めて人を憎んだ日。

3年生と4年生は、いじめもなかったしクラス全体が平和だった。
5年生では、低学年の頃私をいじめた子と取っ組み合いのケンカが始まった。
6年生で引越し、転校。
環境の変化が原因だろうか。すぐにおさまったけれど生まれて初めて死にたいと思った。

中学。
思い出したくない。
私達の学年はひと際凄まじかったそうだ。
不登校が学年で10人。私も沢山とばっちりを受けた。
ただ成績が良かっただけで、話したこともない子から「天才」なんて呼ばれて「文句」を言われた。
朝起きたら布団に溶けていなくなっていればいいのにと何度思っただろう。
だけれど、私自身が人に対してやったこともあった。小学校の時もそうだ。
私が突き放したクラスメイト。今も家から一歩も出ることが出来ないと聞く。

中3の梅雨に母親が死んだ。
尋常ではない状態の末期がんだった。生きているのが不思議なぐらいの巨大な肉塊が母親自身でも触れることの出来る位置にあった。
自宅療養。死にかけの人は亡くなる直前まで家事をし、がん細胞が吐き出す血や膿の処理を自分で行い、死期が近づいていることを憂いては毎日のように泣いていた。
父親も私も何もしなかった。ただそんな母親を見ていることしか出来なかった。
苦しんで苦しんで「それでもこれでよかったのだ」と言い残して母は死んだ。
最低の家族だ。

割られる窓ガラス。
血が出るまで殴られている光景。
6時間目の最後の最後。やっとの思いで登校してきた子がクラス中から文句を言われてまた帰っていく。
隠された運動靴。椅子の上に置かれた画鋲。天板のはがされた机。死ねという文字。
雨の日。窓から投げ捨てられた机とカバンと教科書。
昨日まで人気者だった女の子が空気になったみたいに誰からも相手にされないでいる。
あちこちで飛び交う「きしょい」という最上級の侮辱の言葉。
先生たちは恐れて近づこうともしない。
押し付けられた学級委員の役職。鍵をもらって教室のドアを開けると男子全員がこちらを向いた。
担任は私を汚い体育倉庫に呼び出し、小一時間「お前が我慢するしかない」と説得し続けた。

最高の褒め言葉でののしられながらも勉強は続けた。
だけど周りの言葉は一切無視して高校は好きなところへ行った。

高校時代。
こんなにも穏やかで平和な日々が訪れるとは思ってもみなかった。
嫌なクラスメイトもいるにはいたけど楽しかった。
概して「いい子」だったから、数々の小さな問題を起こしていてもそれなりに上手くやれた。
この時、自分の中の「何か」に少しでも気付くことが出来ていたなら、何か変わっただろうか。

小学校で発症した「死にたい病」は次第に悪化し、時々学校を無断欠席するようになった。

大失恋を「乗り越え」て、絶対に無理だと言われていた大学に合格。
奇跡を起こした私は「思い続けていればいつか絶対願いは叶う」とふざけたことを自信満々で言っていた。
何も知らなかった。何も見えていなかった。
ただただ幸せだと感じていたこの時期。後にも先にも私の中でこんな時代はないだろう。
綺麗事を「綺麗だ」と本気で言えた無知な時代。

あの頃、未来の自分のこんな無様な姿を、どうして想像し得ただろう。


そして、あれから6年の歳月が流れて現在に至る。

当時は本当に大変だったとしても、今思えば世間的にもくだらないことばかりだ。
それでもその時の私にとっては重大で、重要で、辛いことだった。
過去の自分があり、苦しみもがき続けた自分がいるから、今の私がいる。
だけど、ああだけど、私はそんなお前達が死ぬほど愛おしくて、そして憎いよ。
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コリコリ。

肩が凝ります。
首も凝ります。
異常なくらい肩に力が入ります。
腕や手にも力が入ります。
おかしいぐらいの強さで手を握りしめていることがあります。

・・・ストレスですかねえ。
肌も荒れるし。
マッサージに行けば腰が張りすぎって驚かれるし。
別にそんなストレス感じるようなことはないはずなんですけどねえ。

でも、何かよくわからんけどしんどいですねえ。

ぐらぐら

大学を卒業して、バイト生活を始めてもうすぐ一年が経つ。
朝起きて仕事に行って働いて、家に帰って寝て次の日朝起きてまた仕事に行って。
芝居も出来て。
そんな生活が、普通の人にとっては当たり前みたいな生活が出来るようになるなんて、
しんどかった頃は想像もしなかった。

私は幸せだと思う。
その反面、私は色んなものを失ったとも思う。
しんどかった頃の方が幸せだったようにも思う。
別に何も変わっていないのかも知れない。
昔の私はとても弱かった。
今も弱い。でも今の方が確実に弱い。
昔の自分はは弱くても、それとは紙一重の強さも持ち合わせていた。そういう部分があった。
昔は不可能だと思っていた沢山のものを手に入れることが出来た。だけど沢山のものを捨ててしまった。
私は馬鹿だ。

今だって鮮明に蘇るんだ。
あの頃の気持ち。忘れかけても忘れることのないあの時の気持ち。
頭を胸をかきむしって、手当たり次第に物を投げて叫んで、
腕を切って薬を大量に飲んで、気に入らない人にひどいことを言って、
そうしてしまいたい気持ちは未だにあるけれどもう出来ない。
そんなことをしても余計辛くなるだけだということがよくわかったから。
そんなことをして今の生活を失うことが怖いから。
見せかけの、はりぼての「安定」でも、失うのが怖いから。

「ひとり」でいられることの幸せ。
だけど辛くなると他者の存在を求めてしまうのは何故だろう。
19歳から23歳まで、4年間。最も辛かった時期を私はひとりで耐えてきた。
その時々で色んな人に助けてもらってもきたけれど、ひとりで耐えた部分も大きくて、だから今私はこうして生きていることが出来る。
それなのにどうして淋しいと思うんだろう。
ひとりで出来るようにならなければならないことなのに、どうして人の助けを希うのだろう。
誰といてもどんなに願ってもそれでも結局はひとりでしかいられないことなんて、もうとっくの昔にわかっているのに。

どうして私はこんなにも弱いんだろう。
どうして上手くいかないんだろう。
どうして駄目なんだろう。
どうすればいいのかわからない。

「死にたい」=「逃げたい」だと気付いていても、
ふとした瞬間に死にたくなる。今でも。
このままの自分でいられないことはわかってる。でもこのままでいたいと強く思ったりもする。
だから周りの人や環境が変わっていくことがものすごくこわい。
昔の、辛かった頃の自分がしていたことを、馬鹿だったなあと思うけど否定はしたくなくて、がむしゃらに必死に生きていた時の気持ちを忘れたくないと思う。
変わりたくない。でも変わらなければいけないこともある。
居場所を取り上げられるような気がしてこわくなる。
居場所なんてはじめからないだろうに。
がんじがらめだ。


駄目だ。
書きたくても文章が全然まとまらない。
何が言いたいのかさっぱりわからない。
今の私そのものだ。

文章すら、まともに書けなくなってしまった。

200%

ふわふわの羽毛を敷き詰めて
その上に寝転がるような
心地の良い場所
探していた憧れの

楽になりたかったんじゃない
逃げたかったわけでもない
私は安心したかったのだ
あたたかい羽毛に包まれて眠るような、
200%の安心感が欲しかっただけだった
たったそれだけのことなのに
どうしてそれが許されないんだ

かき集めてもかき集めても
軽い羽根はひらひらと
指の隙間を通り抜けて風と一緒に消えていく
足元にはただ、冷たく固い床の感触
そうして私は知っていくんだ
どれだけ願っても
満たされる日が来ることは二度と無いということを



(2008年9月23日 1時28分)
プロフィール

a_hoyden(ミキ)

Author:a_hoyden(ミキ)
大阪府在住。30歳。
大学に5年通い、フリーター・医療系の契約社員を経験して、ふらっと結婚。
医療事務として真面目に働きつつ適当に家事やってます。
今は休憩中ですが、関西小劇場でお芝居をしています。

*好き*
中村中・Cocco・鬼束ちひろ・くるり・堺雅人・沢村一樹・佐々木蔵之介・オードリーの若林
いくえみ綾・小花美穂・「NANA」・さくらももこ・山田詠美・乙一・「八日目の蝉」・「17歳のカルテ」・南条あや
とろけるチーズ・サーモン・いくら・たらこ・モスバーガー
買い物に行った時にかわいい店員さんがいると嬉しい。

*嫌い*
グリーンピース
できちゃった結婚
自分の好きなものを馬鹿にされること
わかってもないのにわかったような口を聞く人
綺麗事

大学時代は実験心理学を専攻。
幼少期の母子関係が現在の対人関係にどのように影響しているかについて卒論を書きました。

境界性人格障害と診断されたことがあります。
リストカットやODをしていた時期もありました。
今は・・・何なんだろう。よくわかりません(笑)

とりあえず変な奴です。

*monologue-b*

*monologue*
以前使っていた日記です。

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